2.基礎概念
本節では,これから使われる基礎概念について説明する。まずは,動作,行為,状態,事態,情報である。
2.1.動作,行為,状態,事態,情報
動作,行為,状態
動作は,物体のような無情物と,人間のような有情物の動きである。動作の主体は,動作主と呼ばれる。たとえば,「地球が回る」,「犬が走る」,「花子がご飯を食べる」においては,「回る」,「走る」,「ご飯を食べる」がそれぞれ動作主「地球」,「犬」,「花子」の動作である。行為は,有情物の動きを特にさす。行為の主体は,行為者と呼ばれる。
動作が動的であることに対して,状態は,静的である。状態は,ある時点における人間や物事のありさまである。たとえば,「太郎が東京にいる」,「彼が英語ができる」,「花子はコーヒーが好きだ」,「私はあなたにそばにいてほしい」,「この商品は汎用性に優れている」においては,「東京にいる」,「英語ができる」,「コーヒーが好きだ」,「あなたにそばにいてほしい」,「汎用性に優れている」がそれぞれ「太郎」,「彼」,「花子」,「私」,「この商品」の状態である。状態の主体は,状態主体と呼ばれる。
事態
本書では,動作と状態とを合わせて事態と呼ぶことにする。
さて,「花子がスパゲッティを食べる」のような事態は,スパゲッティはいつ食べるのか,どこで食べるのか,何もわからないので,現実世界や仮定世界において「過去/現在/未来」で「起こった/起こっている/起こる」かどうか確認できない。
事態を現実世界や仮定世界の一定の時間と空間に位置づけて時間や空間などを確定してはじめて,つまり事態に肉づけしてはじめて,確認ができるようになる。たとえば,「花子がスパゲッティを食べる」に基づいて肉づけされた事態「2010年10月12日に花子が駅前のファミリーレストランでスパゲッティを食べた」であれば,現実世界や仮定世界において「過去」で「起こった」かどうか確認できる。
情報
上に述べた動作,行為,状態,事態を合わせて情報と呼んでいい。加えて,動作主,行為者,状態主体,時間,空間など,文脈上のあらゆる要素も情報である。
2.2.Dynamic modality, deontic modality, epistemic modality
Dynamic modality, deontic modality, epistemic modalityは,英語学・言語類型論におけるモダリティの一般的な分類である。
Huddleston&Pullum(2002:178)によると,dynamic modalityは,「節における(特に主語名詞句によって)言及された人の特質や意向などに関わっている」((dynamic modality is)concerned with properties and dispositions of persons, etc.,referred to in the clause, especially by the subject NP)。「Deontic modalityは,未来の事態の実現に対する話し手の態度に関わっている」(deontic modality concerns the speaker's attitude to the actualisation of future situations)。「Epistemic modalityは,過去または現在の事態の事実性に対する話し手の態度に関わっている」(epistemic modality concerns the speaker's attitude to the factuality of past or present time situations)。
次の(1)(2)はdynamic modalityの,(3)(4)はdeontic modalityの,(5)(6)はepistemic modalityの例である。
(1)彼は泳げない。
(2)この本をあげよう。
(3)こっちへ来い。
(4)芝生に入るな。
(5)雪が降るだろう。
(6)彼は知らなかったにちがいない。
2.3.文法化と文法化の経路
Hopper&Traugott(2003:18)によれば,文法化は,次のように定義されている。
語彙項目や語彙的構造がある言語学的文脈において文法的機能を持つようになるという変化のことであり,一度文法化されると,新しい文法的機能へと発展しつづけること①(……the change whereby lexical items and constructions come in certain linguistic contexts to serve grammatical functions and, once grammaticalized, continue to develop new grammatical functions.)。
(Hopper&Traugott 2003:18)
文法化研究は,言語の変化を究明することができる。ただし,文法化研究は,「単に記述的な文法変化を明らかにすることにとどまらず,さらに言語類型論的な視点から,世界の言語にどのような文法変化のパターンがあるのかを明らかにすることが目指される」(玉地2008:61)。このような,言語類型論的な視点を取り入れた文法化研究は,膨大な言語データに基づいて,多くの言語における文法変化のパターン,つまり文法化の経路を考察することになる。
モダリティ表現に関しては,よく知られているように,「DYNAMIC MODALITY>DEONTIC MODALITY」(「>」は,左から右への変化を表す)や「DEONTIC MODALITY>EPISTEMIC MODALITY」のような文法化の経路がある。この2つは,一般的なものであるが,Heine&Kuteva(2002)によると,「ABILITY>PERMISSIVE」,「ABILITY>POSSIBILITY」,「DEONTIC MODALITY>FUTURE」,「FUTURE>EPISTEMIC MODALITY」,「OBLIGATION>FUTURE」,「OBLIGATION>PROBABILITY」,「WANT(‘want',‘wish',‘desire')>FUTURE」のような,より具体的な文法化の経路もある②。